むびたげ

2019年だというのにMoving Targetsの新作アルバムが聴けるよろこび。秋が似合うよこのバンドは。

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アメリカはボストンのパンクバンドMoving Targets。1982年に結成され、何度か解散と再開をくりかえしながら4枚のアルバムをリリースし、1993年に活動を停止する(そのあともたまにライブはしていた模様)。残念ながら2008年と2009年に、ベーシストのPat LeonardさんとドラマーのPat Bradyさんが相次いで亡くなり、オリジナルメンバーはギターボーカルのKen Chambersさんだけとなってしまった。ところが昨年、ひょんなことから新メンバーをむかえ、Moving Targetsは本格的に再始動し、ヨーロッパツアーを敢行。そして先月、前作から25年ぶりとなる5枚目のアルバム『Wires』をリリース。CDはWaterslide、LPはBoss Tuneageから。

ぼくが初めて手にしたMoving Targetsの音源は3rdアルバムの『Fall』だった。今はなきBASE京都店に中古LPがあったんよ。当時のぼくはハイパーイナフ大学で集中講義を受けており、ちょうどこのバンドが紹介されていたこともあって、見つけたときはめっちゃうれしかった。そのLPはもう手元になく、いつしかCDに買いかえたけど。それはいいとして。講義で学長が忠告してたっけ。「下手な若人が手を出すとその後の人生を狂わされてまうぞ」って。ぼくは絵に描いたような下手な若人だったので、その後の人生をまんまと狂わされた。"Only Life Of Fun"や"Fumble"なんかを聴かされた日にゃあ、もう後戻りできない。おかげでこの手のメロディックパンクをつねに摂取せずにはいられない身体になってしまった。どうしてくれんねん!そうじゃなかったらチャゲアスを聴いてハイになるような人生やったかもしれんのに。。

縦横無尽に疾走し、変幻自在に脈動する、力強さと繊細さを兼ね備えた安定感抜群のドラム。幻惑的なステップを踏みながら、ときに優しく、ときに怪しく、意識の深みへ手招きするベース。砂まじりの冷たい風を起こし、たまりかねて孤独な咆哮をあげては、寂しさだけを残して虚空に消えるギター。叙情的でありつつも抑制の効いた、どこか温かみのあるボーカル。儚いメロディー、切ない歌。ぼくにとってMoving Targetsは、乗客の憂鬱や自己嫌悪などの負の感情を動力源にして、ここではない世界の旅に連れていってくれる列車みたいなもん。Taang! Recordsが敷いたどの路線(アルバム)も甲乙つけがたいけど、"Less Than Gravity"にさしかかるときに見える景色がいちばん好きかもしれん。ひとつ不満を挙げるとしたら、ガイドブック(歌詞カード)がないことかな。だれかMoving Targetsの歌詞を知ってる人いませんか?検索しても出てこない。。

あっそうそう、新作アルバム『Wires』はどやねんって話。25年ぶりって聞くと不安になるよね。でも1曲目の"Fear Of God"を聴いたらそんなもんはふっとんだ。これぞMoving Targets!この憂いを帯びたギターとメロディー!ボーカルの声ほとんど変わってないんちゃう?ほかにもまるでタイムカプセルから取り出してきたかのような曲がある。それもあながち間違いじゃなくて、じつは93年のMoving Targets解散後にKenさんが活動してきたいくつかのバンドでやっていた曲もけっこう再録されてたりして、なかには20年近く前から存在する曲もあるみたい。でも結局、どれもこれもMoving Targetsでしかないと思わせる楽曲に仕上がってるんやから、そんなことはどうでもええっすな。もちろんTaang!時代のアルバムと聴き比べると変わったなと感じる部分もある。まあ、それまでだって作品や曲ごとにそれぞれ色があったわけやけど。今作はサウンドの目鼻立ちがハッキリして、全体的にまろやかになった印象。以前のほうがギターの音色は湿っていたかもね。でも何度もくりかえし聴いてると、この塩梅が耳になじんでくるから不思議。あと、インナーに歌詞が載ってる。これはでかい。これで歌えるぜ。お気に入りは"Moment Of Silence"。こういう曲になると耳というより鼻が反応し、新鮮な空気で肺が満たされるような心持ちになる。最高や。下手な若人もこのアルバムに手を出してみては?大丈夫、こわくないから。

ところで昨年、Moving Targetsでいつか日本ツアーをしたいとKenさんが言っていたという話を耳にした。まだその気持ちはあるんかな。新しいアルバムも出したことやし、そのまま勢いあまって来てくれたらうれしいのに。メンバーがこの記事を見つけてモチベ爆上がり、なんてことはないか。。

 

最後に関連作品をひとつ。

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Moving Targetsの活動休止後にリズム隊だった二人のPatさんがやってたLennyというバンドの『Please, Oh Please』というアルバム。1997年にRockfetishというレーベルからリリースされたもの。こちらではPat Leonardさんがベースをギターにもちかえ、ボーカルと作曲も担当している。LennyはLeonardという人名の短縮形もしくは愛称やね。Pat Bradyさんのドラミングはところどころで往年のMoving Targetsを彷彿とさせるし、Moving Targetsを意識して作ったような曲もいくつかある。全体的な雰囲気はむしろ後期Hüsker Düあたりに近いんかな。Lennyさんのボーカルは粘っこくて神経質な感じがする。そのおかげでメロディーが気だるかったりニヒリスティックに聞こえる。悪くはないんやけど、Moving Targetsと比べるとちょっと分が悪いかもね。